Profile
1992年 洛星高等学校卒業(35期)後、京都大学工学部・同大学院工学研究科修了。1998年宇宙開発事業団(旧NASDA、JAXAの前身組織)就職。「つばさ」「はやぶさ2」を含む、多くの人工衛星・探査機の開発/運用に携わった後、理事長秘書を経て、各プロジェクトやその他候補ミッションの後方支援等を実施。現在、DESTINY⁺プロジェクトサブマネージャー。
洛星中学・高等学校を 35期として卒業し、国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA) でサブマネージャーとして、「DESTINY⁺(ディスティニー・プラス)」の開発に携わる今村 裕志 さん。小惑星や流星群母天体の観測を通じて、太陽系の成り立ちを探る壮大なプロジェクトを支えています。洛星から宇宙を目指すOBのお話を伺いました。
宇宙への憧れは「ガンダム」から
「宇宙に興味を持ったきっかけはアニメでした。私は“ガンダム世代”なんです」と笑う今村さん。子どもの頃、アニメの世界に描かれた “宇宙に生きる人類の可能性” に心を惹かれたそうです。
その後、毛利宇宙飛行士のスペースシャトルでの活躍を目にして、宇宙開発事業団(旧NASDA、現JAXA)を志すようになりました。「ガンダムを見て、重力から解放された人間が世代を重ねればどのように変化するかに興味を持ちました。想像することと、実際に探査して確かめること。その両方が面白いんです」と話します。
高速で接近する謎に包まれた小惑星の観察
今村さんの取り組むミッションDESTINY⁺は、「はやぶさ」「はやぶさ2」に次ぐ、日本の小惑星探査ミッションです。
DESTINY⁺は、定期的に地球の公転軌道に接近する小惑星Phaethon(フェートン)を相対速度秒速35kmでフライバイ(近くを通り過ぎながら観察)するミッションです。フェートンはふたご座流星群の元となる小惑星で、太陽に最も接近する最大級小惑星の一つとして知られています(直径約6km)。通常、流星群の元となるのは彗星なのですが、フェートンは小惑星に分類されており、そのメカニズムについて天文学・惑星科学の分野で大きな謎として様々な議論がなされています。
(https://www.jaxa.jp/projects/sas/destiny/index_j.html)
また、このミッションでは2029年4月13日(金)に地球に最接近する小惑星Apophis(アポフィス)もフライバイする計画です。
災い転じて福となす “欲張りミッション”
DESTINY⁺は当初、日本が開発した小型の固体燃料ロケット「イプシロンSロケット」で打ち上げられる予定でした。しかし、イプシロンSロケットの開発が難航し、打ち上げ計画は見直しを迫られたそうです。どうすればフェートンにたどり着けるのか?と、チームは新しい道を模索しました。
その結果、ヨーロッパの探査機「RAMSES(ラムセス)」とH3ロケットでのあいのり打ち上げが決定。「小惑星アポフィスもフライバイすることが出来るようになり、2つのミッションを同時に実現できる “欲張りミッション” になりました」と今村さんは微笑みます。想定外の出来事から新しい挑戦が生まれる――まさに「災い転じて福となす」ミッションとなりました。
チームを導く “マネジメント” という技術
サブマネージャーという立場で、今村さんは専門分野の異なる多くの研究者や技術者をまとめています。「監督のような立場ですね。探査機・地上系・ロケットなど全体を見渡した上でどのようなシステムにすべきか、それぞれの専門家が最高の成果を出せる為にはどんな体制で進めるのが良いか、誰にお願いするか、どう協力するかなどを考えます」。
技術だけでなく、人や組織を動かす力も求められる仕事です。「プロジェクトを成功させるために必要なことは、何でもやる。それがマネージャーの役割です」と語る姿から、現場を支える責任の重さとやりがいが伝わってきました。
洛星で育まれた「自由」と「自分で考える力」
今村さんは洛星での勉強について「勉強しろとは一度も言われませんでした。自分のペースで取り組めたのが良かったです。洛星は “うまく軌道に乗せてくれる学校” だったと思います」と語ります。
部活動では、中学の頃はサッカー部に所属した後、ソフトテニス部に転部。「クラブ活動だけは必ず入りなさいと言われましたが、それ以外はとても自由でした」と振り返ります。放課後は部室でカードゲーム「ナポレオン」に夢中だったとか。
無理に押しつけるのではなく、少し背中を押してくれる――そんな環境が、今村さんの探究心の原点になったのかもしれません。
今、もう一度受けたい「宗教」の授業
「もし高校生に戻れるなら、もう一度 “宗教” の授業を受けたいです」と今村さんは話します。当時は意識していなかったそうですが、今になってその価値を感じるといいます。
「当時の先生は『勉強で忙しいだろうから内職してもいいよ』という感じで、自由にさせてくれていました。でも今振り返ると、人の生き方や考え方に触れられる貴重な時間だったんだなと思います。卒業して30年経った今だからこそ、もう一度聞いてみたい授業です」。
人生経験を経て、学びの意味が深く心に届く――その言葉には、洛星の教育の奥行きと温かさが感じられました。
在校生と、これから洛星を目指す皆さんへ
今の洛星の生徒へ、そしてこれから入学を考えている小学生たちやその保護者の方へ、今村さんはこんなメッセージを寄せてくださいました。
「今の生徒には、自分の頭で考える力を大切にしてほしいです。私の時代も自由な校風で、その自由が成長のきっかけになりました。保護者の皆様は、是非お子さんの可能性を信じて、洛星に預けてみてください。」
次代へつなぐ宇宙開発
取材の最後、今村さんは今後の仕事について、次のように語ってくださいました。
「今までわからなかったことが分かるというのは、人間の知的好奇心や探究心を満たすことにつながります。そういう観点で皆さんに新しいことを届けたいです。
どの仕事もそうだと思いますが、小惑星探査は特に足の長い仕事です。多くの人と協力して探査機を作るのですが、観測したデータや持ち帰ったサンプルを解析するのは自分たちの代ではなく、もう次の世代になったりする。若い人たちの宇宙に対する情熱が大事になるので、是非興味のある人は一緒にやっていきましょう。」
小惑星の観測を通じて、太陽系の成り立ちを探る壮大なプロジェクトを支えている今村さんからは、少年のような探究心と宇宙のプロフェッショナルとしての矜持が感じられました。
インタビュアー:事務局 田邊篤志