「オキナワ」を歩いて「いのち」を考える
今回は、広島学院の「ILP」講座の一つ「オキナワを歩く」に特別に参加させていただいた本校国語科の今村先生の報告文ご紹介いたします。戦後80年の年にあたり、同じカトリックのミッションスクールである広島学院の生徒さんや先生方と、このように貴重な体験を共有できたことに感謝いたします。今村先生は国語科若手。「もはや戦後ではない」などと言われた時代からもずっとあとに生まれた世代です。そんな若い先生にとって、今回の研修は非常に重く深い体験であったでしょう。言葉で簡単に表せない深い思いもあるでしょうが、無理を言って、以下簡潔にレポートしてもらいました。
12月21日(月)~25日(木)の5日間、広島学院中学高等学校の高校2年生と「オキナワ
を歩く」というフィールドワーク研修に参加しました。沖縄の米軍上陸地から南端の荒崎海岸までを歩ききることを通じて「いのち」を考える研修です。
現在もある米軍基地の大きさを体感しつつ、沖縄戦の激戦地跡、病院や避難場所となったガマ、慰霊碑といった戦争の痕跡を辿り、研修の中の3日間をかけて90キロの道のりを歩きます。与えられるのは一日5本のペットボトルとカロリーメイト3箱だけ。戦時下に家を追われた方々の苦境とは比べものになりませんが、現代の「普通」から切断されて当時の状況に思いを巡らせる貴重な時間でした。

米軍上陸地近くの海岸。この付近からスタートします。まだみんな元気です。

二日目は夜が明ける前から歩き始めます。冬の沖縄の風は強く、またスコールにも見舞われる中、黙々と一歩一歩進みます。

第二防衛ラインであった高田高地。自分の足で登ると険しさがわかります。現代の沖縄の景色が、地形を通じて一気に戦場に見えてくる恐ろしさを覚えました。

ゴールである南端の荒崎海岸。20分の時間が与えられ、各々がこれまでの道を振り返ります。我々にとってのゴールは当時の人々にとって「これ以上逃げられない」という絶望であったことにふと思い至ります。

毎晩「わかちあい」の時間が設けられ、全員が自分の思いを言葉に紡いでゆきます。夜になっても全員が話し尽くすまで続きます。他者の言葉に共鳴して学びが深まることもしばしば。歩くからこそ生まれる省察の時間です。
他者の痛みを知ること、他者のために何が出来るか自問自答しながら行動することは、カトリック精神の大きな軸であるように思います。沖縄という土地でいのちについて声を上げる人/上げることさえ叶わなかった人の思いを引き受けて、今の「普通」を見つめ直す。これからも問いを重ねつつ、生徒とともにいのちを考えてゆきたいと思わせる貴重な機会でした。
(今村和樹)