学校ブログ

69期のみなさん、行ってらっしゃい!

3月2日(月)。

洛星高等学校第69回卒業式が行われ、210名が学び舎から羽ばたいていきました。それに先立ち、2月28日(土)には、卒業感謝ミサ、記念樹の植樹などが行われました。

今年の記念樹は、「トサミズキ」。「優雅」や「清楚」、「愛」を花言葉に持っています。このトサミズキがすくすく枝を青空に向かって広げ育ちますようにと、祈りを込めて担任と各クラス代表生徒が記念樹の根もとに土をかけました。

そして卒業式本番。卒業証書授与式に先立ち、カトリックの祈りの式「聖体賛美式」が厳かに行われました。式で朗読された聖書について 鶴山神父様(京都教区)から愛溢れるメッセージが送られ、参列者一同の心に刻まれました。

6年前の4月、新型コロナ感染対策のために入学式の翌日から休校。6月からは分散登校という異例づくめの中学生活を余儀なくされた69期生ですが、ずっと笑顔を絶やさず、洛星での生活を全力で楽しんでくれました。彼らが多くの人に見守られ、後輩たちの歌声とエールに送られて、晴れやかな笑顔(涙も少し…)で学び舎から羽ばたけることに感謝します。

以下、校長式辞のダイジェスト版です。

69期生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
このあと、皆さん一人一人に手渡される卒業証書には、本校が最も大切にしている聖書の言葉が記されています。
「あなたがたは地の塩である。あなたがたは世の光である」(マタイによる福音書 第5章)
「地の塩」とは、自らは溶けて見えなくなっても、料理に味をつけ、腐敗を防ぐ存在です。「世の光」とは、暗闇を照らし、人々に進むべき道を示す存在です。
この言葉が卒業証書に添えられているのは、皆さんがこれからどのような道に進もうとも、自分を誇示するためではなく、「隣人のために、社会のために、なくてはならない存在であってほしい」という、私たちの願いが込められているからです。
これこそが、私たちが目指す「洛星Gentlemen」の姿に他なりません。Gentlemenとは、単に礼儀正しい人を指すのではありません。自ら研鑽して得た知性、力、財産、そして愛を、惜しみなく他者のために使い、与えられる人。それが洛星のGentlemenです。

昨秋ノーベル医学賞の受賞者・坂口志文氏は、若者に向けて次のようなメッセージを送られました。
「運動して体を鍛えるように、頭を鍛えることも必要です。自分でものを考える習慣はとても大切です」
洛星で培ったこの「思考の筋力」こそが、皆さんの生涯の財産です。そして坂口先生は、「失敗しても、時間がかかっていても、楽天的でいること」の重要性も説かれています。
この「楽天主義」とは、単なる楽観ではありません。それは、洛星での日々を通じて得た、「自分は認められている」「世界は自分を大切にしてくれる」というカトリックの教えに基づく根源的な信頼・愛に裏打ちされた強さです。たとえ失敗しても自分を否定せず、前を向く。その強さが皆さんには備わっているはずです。

皆さんは、洛星の、そして世界の宝です。 このあとの担任が皆さんの名前を一人ずつ読み上げます。あなたが他の誰でもないあなたであることを示す名前です。力強く「はい」と応えてください。古代より、名を呼ぶことは、その人の「魂」を呼び起こすことだとされています。名前は単なる記号ではありません。あなたの命、そのものなのです。
今、世界を見渡せば、あまりに多くの命が「数字」として処理されています。
コロナ禍の犠牲者、自然災害の被災者。四年前に始まったウクライナでの戦争、ガザ地区での紛争。そして、八十年前の沖縄戦。犠牲者の数は、数十万という膨大な「数字」で語られます。しかし、その数字の一つひとつの裏には、皆さんと同じように名前があり、家族があり、固有のタレントを持った「一人の人間」がいました。
「誰が傷つき、誰が亡くなり、誰が悲しみに耐えているのか」
統計的な数字で一括りにせず、その一人ひとりの存在を慈しみ、その名を大切にする想像力を、どうか忘れないでください。これから皆さんは、社会において自分の名で「署名」し、自らの足で歩み始めます。
無名の群衆の中に埋没するのではなく、自分の名前に責任を持ち「洛星Gentleman」として誠実に生きてください。
皆さんは、この暗い世を照らす「光」です。
皆さんの歩む道のりに、常に神の祝福がありますように。そして、洛星という心の故郷が共にあることを忘れずに、自信を持って羽ばたいてください。

卒業生からも力強い誓いの言葉が述べられました。頼もしい限りです。

さあ、時は満ちました。

69期の皆さん、「行ってらっしゃい!」

校長