心に移りゆくよしなしごと~菊の節句に
本日9月9日は「重陽(ちょうよう)の節句」、別名「菊の節句」です。国語の授業では、私はこの時期になると必ずこの日の由来や文化について紹介・説明してきました。
古来、中国の陰陽思想では奇数を「陽の数」と考え、その中で一番大きな数字である「9」が重なる9月9日は、たいへん縁起が良い日とされてきました。菊の花を浮かべたお酒(菊酒)を味わったり、前夜から菊の花にかぶせておいた綿(菊の被綿)に降りた露で肌を拭って長寿を願ったりと、菊の香りに包まれて健康と豊かさを祈る風雅な行事です。
もっとも、新暦の9月9日では、まだまだ菊の本格的な季節にはほど遠く、おまけにここ数日の大雨で「菊の花どころではない」というのが正直なところかもしれません。
それでも、この節目を迎えるにあたって、ふと思い出すことがあります。
一つ目は、この日を大切なモチーフとして描いた江戸時代の読本小説、上田秋成の『雨月物語』に収められている「菊花の契り」です。 小学生のころ、12歳上の兄の『少年少女世界文学全集(日本編)』でこの物語を読みました。信義を貫く男たちの強い絆と、重陽の節句に交わされた約束の結末に、幼心に深い印象を受けたことを覚えています。今にして思えば、あの頃夢中になって読んだ江戸文学や日本の民話・神話が、その後の私の進路(国語教師への道)を大きく決定づける原点となったのかもしれません。
もう一つは、先日本校の事務局で交わされた何気ない会話です。 事務局長が「以前の上司からよく『十日の菊』と言われたものだ」と話しておられました。まわりの職員の中にこの言葉を耳にしたことがない人が多く、「どういう意味だろう?」という疑問から、そもそも菊の節句とは……という話題へと広がっていきました。
「十日の菊」とは、節句である9月9日の翌日に咲いた菊のこと。時期が過ぎてしまって役に立たないもの、つまり「時機に遅れること」を意味する慣用句です(「六日の菖蒲、十日の菊」とも言いますね)。
言葉の由来を知ると「なるほど」と納得させられますが、今の洛星の生徒たちには、この言葉の意味がどのくらい通じるでしょうか。 何事にも時がある。その時を逃さず、行動できる人になってもらいたいですね。
今日という日をきっかけに、生徒たちにも身の回りにある伝統や言葉の面白さに少しでも目を向けてもらえたら嬉しい限りです。また身の回りの自然や季節の移り変わりに敏感になることで、地球環境を守ることにもつながれば、と願っています。
あいにくの天気が続く今日この頃ですが、陰暦(旧暦)の9月9日を迎える頃には、秋晴れのもとで菊の花も満開を迎えているはずです。その頃にでもあらためて、美しい菊を愛でつつ、菊の花びらを浮かべたお酒を風流に味わいたいものだなと思っております。

校長
